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Shinkyouchi

随想音

ジュノー:4

ジュノー

Nやんとの共通の友人はとても少なく、しかも彼の近況を知る人間は私の周りにはいなかった。一体何が起こったのか知りたくもあったがどうしようもなかった。自分と似たようなタイプだったから、遂に私は本当に孤独になってしまったと思った。それ以来何かつらい事があると頭の中でNやんに話しかけた。

自己満足かもしれないがいつかNやんの為に曲を作ろうと考えていた。彼が持っていたテクノの美学や哲学を私なりに解釈して音楽の中に残すことにしたのだ。自分の気持ちの整理がついてきたこともあり、二〇一四年十一月から制作を始めた。この曲は二拍で繰り返すリフを中心に徐々にハーモニーが重なっていく。曲名はジュノーにすると最初から決めていた。NASA木星探査機がジュノーという名前であるのと、彼の象徴であったJUNO-106から来ている。この曲の中で探しに行く事にしたのだ。

JUNO(ジュノー)は翌年の七月にリリースが決まった。またもや夏だった。私はマスタリングされ完璧になった音をiPodに入れ、炎天下の中最寄り駅に向かって歩いた。Nやんがよく散歩していたという砧公園でこの曲を聞きながら祈ってこようと決めたのだ。その日は本当に暑く昼間は35度近くある感じだった。祖師ヶ谷大蔵の駅から歩くこと20分ぐらいだろうか。四年通った道だがなんとも懐かしかった。NHK技術研究所の建物辺りでもうフラフラしてきた。当然水は飲んでいたが徐々に力が抜けていった。

やっと公園に着いたころにはもう倒れそうだった。それでもとにかく中に入ってこの曲を聞いて手を合わせるまでは絶対に帰れないと心に誓っていた。朦朧としながら木陰で休み、iPodでジュノーを聞いた。「これリリースされたんだけどどうかな?」とかなんとか頭の中で話しかけていた。冥福を祈った後、ゆっくり休もうと思っていたがあまりの暑さに気分が悪くなってきた。(これは熱中症だ、もしかしたら本当にヤバいかもしれない)これ以上歩くこともできず公園の売店の横に屋内の食堂を見つけると、テーブル席に座りポカリスエット二本をガブ飲みして安静にした。一時間以上そこから動けなかった。昼の十三時過ぎだったと思う。(Nやんはこれ以上の苦しみを味わったんだろうな、、)と比較のしようがないのに考えていた。

少し動けそうな気がしたのでこのチャンスにバス停までなんとか行こうと思った。さすがに駅まで歩くのは無理だった。園内の水道で頭から水をかぶり、腕や足を水で冷やして移動を始めた。公園内はそんなことが当たり前のような異様な暑さだった。五分ほど歩いてなんとかバス停に着きラッキーなことにすぐバスが来た。(助かった、、)正直倒れるかもしれないと怖かった。冷房の効いたバスの中で席に座るとうなだれるように目をつむった。電車に乗ってもまだ気分は優れなかった。地元の駅に着いてコンビニで飲み物とアイスを買い、家に着いたらすぐにシャワーを浴びた。そしてやっと気分が良くなった。

こうしてこの文章を書いているは二〇一六年のまたしても夏だ。毎年この時期になり、この曲を聞くたびに思い出すだろう。人生はクソゲーだって二人で納得していたが、そうでもないかもしれないってこの先言えたらなと思う。まあこれからも、どう思う?このクソゲーもう無理かもしれないって何度も頭の中で相談すると思うけどその時は宜しく頼むよ"弟"。

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