Shinkyouchi

随想音

ジュノー:1

似たもの

一九九九年とある楽器店がオープニングスタッフを募集していた。私は少しでも音楽関係の仕事に近付こうと思っていたこともあって迷いなく応募し受かった。大学生は自分だけだったが他のアルバイトもみんな新人だった。そのアルバイトの研修で共にデジタルフロア担当となる"Nやん"と出会った。自己紹介の話し方を見る限り明らかに人見知りで気難しそうな男だった。年齢も近く二人とも長髪で身長も同じぐらいだったから、しょっちゅう他のスタッフに間違えられた。聞けばテクノを作っているという。自分は当時ドラムンベースを作っていたので、使っているシンセやサンプラーの話ですぐに打ち解け当然の如く仲良くなった。

通っていた大学から一人暮らしの池尻のNやんの家まではバス一本で行けたので、退屈な学生生活から逃げるようによく遊びに行った。そこでミニマルテクノのレコードを大量に聞かせて貰った。ジェフ・ミルズを神の様に崇めていた彼に影響されて自分もテクノを聞くようになった。(ジェフ・ミルズのミックスアップを聞いた時の衝撃は忘れられない。)そしてクラフトワークからヒューマンリーグ、デトロイトテクノに至るまでいろいろ教わった。もちろん機材に関してもだ。自分もそれなりにハードは持っていたけど彼もたくさん所有していた。ドイプファーの3トラックのステップシーケンサーMAQ16/3やコルグMS-20、ローランドTB-303TR-606、JUNO-106、クラビアのノードラック、DBXのコンプ、Joemeekのコンプ、AKAIのMPC2000、Novationのベースステーションにドラムステーション、マッキーの1604などなど、大量の機材で狭い部屋が宇宙船の操縦室のようになっていた。なかでも印象的だったのは彼のメインシンセだったJUNO-106だ。見た目も音も私の使っているJP-8000より遥かにかっこ良く思えた。

Nやんの人生は結構ハードだった。仲良くなるにつれいろいろ話してくれたのだが、彼は兵庫県の出身で中学卒業後に単身東京に出てきたのだという。家庭の問題から家出同然で飛び出して来たらしい。それでもなんとか仕事を見つけ一人で生活しているのだから凄いなと尊敬していた。ただやはり孤独な時間が長いせいか精神的な問題も抱えているようだった。いきなり半年連絡が付かなくなったこともあった。そこで心配して家まで行ってインターフォンを押してみたが、中から音はするものの反応が無かった。変わってるなと思っていたが、同時に自分も似たようなものかも知れないと感じていた。親の問題は自分では選べないからと二人でよくその事について話した。ただそれで解決するわけじゃないのはお互いよく分かっていた。

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