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Shinkyouchi

随想音

ジュノー:3

映画

「あんちゃん俺映画に出ることになった」

Nやんは私のことを"あんちゃん"と呼んでいた。多分兄のように慕ってくれていたんだと思う。(実際彼の方が私より三歳若かった。)まあ確かに彼はハンサムだとは思っていたが俳優ってそんな簡単に成れるのかという疑問が沸いてきた。そして撮影も終わり八月に最初の上映が渋谷の○○であるから絶対見に来てくれというメールが来た。忘れもしない二〇一ニ年のことだ。段々疎遠に成りつつあったがたまに連絡していた時期だった。これはこっそり見に行って散々冷やかしてやらないとなと思い楽しみにしていた。

映画の上映は渋谷の小さな映画館で十九時からだった。少し早めにいってNやんを探したが見あたらなかった。そうこうするうちに上映時間になって、それなりに埋まった席で一人その映画を見た。内容はシリアスな芸術映画でメッセージ性も深く抽象的で自分には難しかった。その分Nやんの演技が普段を知る私にはおかしくて堪らなかった。一緒に見ながら笑って突っ込んでやりたかったが、これは終わった後に会ってからの楽しみに取っておこう。そうこうする内に映画は終わってしまった。監督さんや出演女優さんの挨拶が始まったが肝心の俺の"弟"Nやんがいない。(あいつのことだからスタッフと喧嘩でもして揉めたちゃったのかな。。)なんて想像しつつ電話を掛けたが全く反応がなかった。そして散々会場を探したがNやんの姿は見つからず、メールだけ出して仕方なく帰ることにした。

その後Nやんに電話をかけてもかけても留守電に繋がるだけだった。(俺嫌われたのか?)と勘繰ったが思い当たる節もなかった。そのうち電話をかけると「お客様のご都合によりお繋ぎ出来ません」とアナウンスされるようになり、さらに数か月後には「この電話番号は現在使われておりません」となって途方に暮れた。以前あったみたいに落ち込んでしまって塞ぎ込んでいるのかなと心配したが、まあまた突然連絡が付くのかなと考えることにした。

そして映画の上映から一年が経ちまた暑い夏がやってきた。相変わらず連絡は無かったが、やっぱり気になってインターネットでNやんの映画を検索した。その映画関係者のブログがあったので読んでみた。体から力が抜けてゆくのを感じた。彼は亡くなっていた。映画の上映直前の時期に。理由ははっきりと書いてはいなかったが、つまりはそういうことなのだと思った。まさかのまさかだった。悲しいは悲しいが、それ以上に寂しかった。

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