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Shinkyouchi

随想音

今現在

いかにも夏休みといった青空と雲を海岸沿いの松の木陰からぼんやり見ている。時刻は正午を回った辺りで暑くなる時間だ。目の前の海岸は潮干狩りを楽しむ人々が見える。この辺りは浅瀬が続いているらしく岸から少しはなれたところでも何人か小さな子供を連れた家族が遊んでいた。ごく普通の自転車が置いてあるところ見ると、どうやら近隣の人達のようだ。この小さな島の砂浜の陸側は芝生になっていて松の木が程よく並んでいる。海の向こうには八景島シーパラダイスが見える。あっちはあっちで楽しそうだが、ひとりの自分にはこちらの方が心地良かった。

海の見える電車に乗りたいと思ったのは前日の土曜日の夜のことだ。調べた結果、行ったことのない所で何となく良さそうに思えたのが金沢シーサイドラインであった。おもいつきで行動すると当然当たり外れもある。行こうかどうしようか少し悩んだが翌朝決めればいいやとその日は寝た。

翌日日曜日の朝まあ行ってみるかと決めるとさっさと着替えて駅に向かった。家を出る時はやや曇っていたが地元駅に着く頃には雲の間から太陽が見えてきた。いくつか電車を乗り継いでやって来て今は関内を通過してもうすぐ石川町だ。この辺りにあるいろいろな思い出が湧き上がってくる。十五歳の時の人生二人目の彼女はこの辺に住んでいたし、二十歳の頃は横浜駅の近くで二年間バイトをした。他にもいろいろあるけれど、一つや二つじゃないからやはり年を取ったんだなと実感した。

午前中ということもあり車内は空いていた。電車の窓枠からは残りの雲がすっかり去り、高層ビルと蒼い空のコントラストが視界の右から左へと流れていく。真夏の暑さとエアコンの涼しさが絶妙に混ざり合い、ゆらゆらと空間を和らげる。目の前の席に座っていた中学生くらいの女の子二人組が可能な限り可愛い顔をしてスマホで写真を撮っている。いわゆるセルフィーというやつだ。自分で自分を記録しているという意味では、こうして文章を書いていることも大して変わらないのかも知れない。そしてそこから十分程経ち新杉田駅に着いた。

知らない駅というのはなんだかワクワクする。その感覚は一度しかないから。改札を出てシーサイドラインへの乗換案内を確認し人の流れにのって乗り換えた。金沢シーサイドライン東京湾に面する神奈川県横浜市にある新杉田駅金沢八景駅を結ぶ無人の自動運転の電車だ。簡単にイメージするならモノレールみたいなものだが、実際はゴムのタイヤでレールの上を走っていて構造が違うらしい。それはともかく地上から高いところを走るので見晴らしが良い。そして海沿いを走るから海の見える電車に乗りたいという当初のおもいつきはきっとうまくいくはずだ。まあ先のことは行ってみないとわからない。 既にホームには電車が来ていたので慌てて左側窓際の進行方向の席にひとり座った。電車は家族連れ、デート中のカップル、地元の人なんかを詰め込み、そこそこ座席が埋まる程度の乗車率で出発した。

電車は東京湾を海沿いに南下していく。最初は高速道路の防音壁で何も見えなかったがすぐに見晴らしが良くなり青い空が広がった。遠くに模型のような水色の工場が見える。割と整然とした街並みだったが人工的という程嫌な感じはしなかった。しばらくして海が見えてきた。そしてそこには太陽の光を鋭く反射する大きな銀色のピラミッドが島の上に浮かんでいた。八景島シーパラダイスだ。 ふと気が付くとほとんどの乗客がこの辺りで降りていってしまった。

がらんとした車両。先頭の席が空いたのでそこに移動した。自動運転なので車両の先頭に操縦室が無く、進行方向にパノラマが楽しめる。ゆっくりと走るジェットコースターみたいな感じだ(言葉が矛盾するけれど)。緑と青の景観が美しい。右に曲がるカーブを抜けると左側の島に海に臨む公園と教会が見えた。近くに接岸された漁船を見てこの電車が通る以前のこの辺りの景色を想像した。そうこうする内に終点金沢八景駅に着いた。

駅のホームは入れ替わり乗車する人々でごった返していた。改札を出て階段を下りると、モワっとした夏の空気と共に潮の香りがしてくる。駅舎は入り江の奥にあり、陸側の少し離れたところにある京急金沢八景駅から乗り換えの人々がこちらにやってくる。遠くの海面で魚が跳ねた。その湾に突き出すように二十メートル程の陸路があり、その先端に小さな神社が見えたので行ってみることにした。ここは琵琶島神社という神社で、入口に金沢八景の歴史について書いてあった。鳥居をくぐって中に入り神様にお願いをした。そのあと先程気になった一つ前の野島公園の駅まで歩こうかと少し悩んだが、あまりに気温が高いので素直にシーサイドラインに乗って戻ることにした。

野島公園駅に着くと行きの電車から見えた公園に向かった。強い日差しを受けながら駅前の橋を渡り一、二分歩くとすぐに着いた。松の木と芝生そしてその向こうに海が見える。広場には、夜お祭りがあるのか小さな盆踊りの櫓(やぐら)が組んでありその周辺を子供が遊んでいた。海風が吹き暑さを和らげる。見たかった夏の青い空がそこにはあった。ここにきて良かった。そんな気がする。唐突に始まりおもいつきで行動してやってきた今現在。松の木陰でしばらく座って休んだから、そろそろ動かないと。フラフラと砂浜を歩き同じ海辺にいる人々を眺めながら、自分はこの先どこへいきたいのかを考え始めた。 

 

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